ここでは線形破壊力学について述べます。線形破壊力学はき裂先端の塑性域の大きさが,き裂の長さに比べて十分に小さく,主として弾性論によってき裂の挙動がほぼ解析できる範囲を扱います。き裂の長さに比べて十分に小さい状態を小規模降伏(SSY small scale yielding)と言います。
式で表すと次式になります。
ここで,aはき裂長さの1/2,rYは塑性変形領域寸法,Kは後述する応力拡大係数,σYは降伏応力です。
図1に示すように,長さ2aのき裂を持つ無限に大きい平板に,十分遠いところで一様な引張応力σが作用している場合を考えます。弾性力学によれば,x>aにおけるx軸上のy方向応力σyは(2)式で表されます。
σyはき裂先端に近づく(x→a)につれて無限大になります。一方き裂面上(x<a)ではσy=0です。き裂先端は応力特異点となっていて,これをき裂先端の応力特異性あるいは特異応力場と言います。
原点O’をき裂先端に移動した局所座標系を考えます。局所座標系の水平軸をr軸とします。これを図2に示します。
x=aでr=0となるから,x=r+aを(2)式に代入します。σyは(3)式で表されます。
(3)式を級数展開すると次式になります。
r≪aでは,(4)式の第1項がほかの項と比べて圧倒的に大きくなるため,第2項以降を無視することにすると,σyは次式となります。
き裂近傍の応力は,1/√rに比例して変化する応力特異場となります。
(3)式と(5)式に数値を代入してその差を計算してみると,r/aが1/10のとき7%程度になりますので,(5)式の近似が成立するのは,rがき裂長さの1/20程度です。
(5)式を変形していきます。
ここでKを次式でおきました。Kは1/√rの応力特異場の比例定数のようなもので応力拡大係数(stress intensity factor)と言い,破壊力学で最も重要なパラメータです。応力拡大係数の単位はSI単位系で[MPam1/2]で,このサイトでは[MPa√m]と表記します。
今まではき裂が開口する方向に応力が作用している場合を述べてきました。実はこの様式はモードⅠのき裂と言います。き裂の様式は3つあり,それぞれをモードⅠ,モードⅡ,モードⅢと呼び,その形態を図3に示します。
図4に示した座標系を用いて,き裂近傍の応力分布と変位分布を以下に記します。
モードⅠ
モードⅡ
モードⅢ
κについて
き裂近傍の応力分布の式((8),(9)式など)は,一般に次式で表すことができます。
(31)式を見ると,応力分布はKと1/(2πr)1/2とfij(θ)の積で表されています。このことは,Kが同じなら,部材の形状や負荷分布が変わってもき裂近傍の応力場は同じ分布になることを意味しています。同様に変位u,vに関しても,Kが同じならば,き裂近傍の変位場は同じ分布になります。つまりKが同じならば,き裂先端近傍で生じている塑性変形あるいは破壊の物理的状態が等しいといえます。
例えば,あるき裂に対してKがKc(破壊じん性値,後述)になったとき破壊したとすると,同じ材料ならば異なる形状と負荷条件であったとしてもKがKcになったときに破壊します。これが,破壊力学における相似則(the similitude concept)と言います。この相似則が成立するためには,上述した小規模降伏条件が満たされていることが必要です。
疲労破壊におけるき裂進展挙動についても同様の相似則が成立し,部材の形状と負荷条件が異なっても,同じ応力拡大係数範囲ΔKならば同じき裂進展速度da/dn[μm/cycle]となります。このことは,実験室でテストピースを使って測定した応力拡大係数とそのき裂進展挙動を,実際の構造物や機械に対して適用できることを意味します。
無限に大きな板の応力拡大係数のモードⅠ,モードⅡ,モードⅢの応力拡大係数は,作用する応力を図4で定義すれば,次式で表されます。
Fはき裂の幾何形状,有限境界あるいは負荷条件などに依存する補正係数です。
あとひとつ応力拡大係数の例を示します。図6に示すような片側にき裂がある帯板に引張荷重が作用する場合です。この式は,応力拡大係数の求め方のところで使います。
材料力学での破壊条件は次式で表されます。σBは引張強さです。
上述したようにき裂先端の応力は無限大なので,少しでも荷重がかかれば上式を満足して破壊するとの結論になります。しかし,実際はそのようなことは起きず,小さな亀裂があっても必ずしも破壊に至るわけではありません。つまり,き裂を持つ場合には応力基準による強度評価は適用できません。そのために,破壊力学にのっとった破壊基準があります。次式で表されます。
KCはき裂が進展を開始する際の応力拡大係数の値で,破壊じん性値といいます。
応力拡大係数は,き裂が破壊するかどうかの判断に使われるだけでなく,疲労破壊によるき裂進展の有無やき裂進展速度の予測にも使われます。むしろ疲労に使われることの方が多いです。
古い文献や海外の文献では,応力拡大係数について異なる単位を使っているのを見かけます。次式で単位換算をしてください。
1)日本機械学会,よく分かる破壊力学・弾性力学 講習会資料,(2013)
2)日本機械学会,機械工学便覧 基礎編 A4 材料力学,丸善,(1992)
3)日本機械学会,材料力学ハンドブック<応用編>,(2008)
4)宮本,破壊の力学,コロナ社,(S47)
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